また雪だあ
とうとう網走は大晦日を雪で越しちまいそうだ
まあまあ この師走は随分と雪に降られちまいましたねえ
なあに、大したこっちゃありませんよ
降り止まない雪もない
融けない雪もない
流す涙も凍りつくって恐れられた網走の監獄で
何十回もの冬を過ごしてきたあっしが言うんだ
蝦夷地、おおっと今は北海道か
開拓に来た人たちはさ
この長くて寂しい まっ白な冬をじいっと耐える
我慢づええんだよねえ
あっしは我慢辛抱ってえのが苦手でさ
何度も監獄を抜け出しちゃあ内地に逃げ出した
その挙句が老いぼれになっても網走暮らしってえのもいかさねえんだが
あの人たちはさ
我慢して辛抱してやってくる春を待ってる
知ってるんだよ
その春がどんだけかやさしくてきれいなことをさ
ご存知かい
北海道の桜はさ
江戸の染井吉野の豪奢さ加減にはかなわないかもしれないが
薄桃色の花をさ
ぱあっと咲かせるんだよ
ほんの短い間なんだがねえ
あっしもねえ
近頃は ちいっとばかしは我慢を覚えたんだ
一緒にさ
新しい春を待とうじゃありませんか
良いお年を迎えておくんなさいましよ
新しき 門出や 赫き煉瓦門
寅吉