2009年10月31日土曜日

夏の忘れ物・・・

この二、三日で館内の樹木もかなり落葉が進み・・・・
こちら庁舎裏側のカツラの木です。スッポンポン状態。
アレッ!?何か木に付いてる・・・・・
スズメバチの巣でした。
もう下のほうが壊れていますが(ミヤマカケスが突っついたかな?)、多分直径30センチぐらいはあったはず・・・
お客様がそばを通らないところでよかったぁ・・(-_-;)

2009年10月30日金曜日

にお積み・・

「鳰(にお)積み」と漢字で書きます。
難読ですね。「鳰」は、「カイツブリ」という水鳥のことだそうです。
カイツブリは、子育てをするときに水面に藁や枯れ草、小枝を使って「浮巣」を作るのですが、それに似ているので・・・というのが名前の由来だとか。

あっ、これ体験農園の大豆が収穫を終えて、乾燥の為に積み上げたところなんです。
こうして野積にして風に当てながらじっくり乾燥させたほうが豆の風味が良くなるといわれています。
10/25に作業を行いました。(ニポ森WSと重なって作業の様子は撮影できず・・・残念!)

このあとしばし乾燥の後、脱穀、そしていよいよ豆腐作りの原材料に・・・という予定です。

2009年10月29日木曜日

お知らせ?

ご無沙汰しておりました。お寒うなりましたね、五寸釘の寅吉でございます。
10月末とはいえ、この網走という街、いつ雪が降り出してもおかしくない時候でございます。
さて、どうも職員の方のお話によると、このたびの資料館展示改修で二階の一角に『五寸釘寅吉が語る網走監獄』というコーナーが作っていただけることになったとか。
いやいやお恥ずかしい限りではございますが、わたくし、ずいぶんと長い間、塀の内側から網走監獄の歴史を垣間見ております。明治末期の大火で監獄の建物が殆ど焼け落ちたときも逃げ出すこともなく、その後の再建の一部始終を、そして監獄が刑務所と名前を変えた時世に出所になるまで二十年以上も。
ということは、わたくし、ついに建物の中に入れてもらえる日が近づいた?ありがたいことです。
平成元年にこの博物館網走監獄のレンガ門前に立ちはじめて以来二十数年。やっと暖かいところに移動できるのか。
ありがとうございました。
す、すいません(-_-;)寅吉さん、資料館の中のコーナーは、どうもあなたのCGが語ることになっているらしくて・・・

2009年10月28日水曜日

あっという間・・・

レンガ門前のモミジ、色づき始めたのが10月に入ってから。
例年だと8月の終わりごろには少し色が入るのに、今年は一体どうしたことやらと思ってました。
10月中旬には、鮮やかな黄色のコントラストを見せて・・・・

10/20頃、本当にきれいだったなあ・・・・
それが・・・
10/27、あっというまに落葉・・・・
折りしも台風20号の接近目前。皆さんがこのブログを読んでいるころにはきっと残りの葉っぱも・・・・・

2009年10月27日火曜日

最高の秋・・・

言い過ぎかもしれないけど、最も美しいニポ森を見た人たち。
それが10/24のワークショップ参加者だったんじゃないかと思う。

多分、今日森に入ってもあの感動は味わえないんだろうな。
最高のタイミング、だったと思います。
自然に足が止まってしまう景観。
来年はあなたもぜひ。

2009年10月26日月曜日

夜業・・・

まわりも暗くってなにやってるかわからないですよね・・・
10/23、午後10時過ぎです。
資料館改修に伴う電気工事の最中であります。  何ができるわけでもありませんが立会い中・・(-_-;)

今回の改修で大幅に資料館への給電量が足りなくなることが判明、受電設備の改修工事をすることになりました。
ということは、当然停電作業。
閉館後しかできませんので午後6時30分スタートでした。
「一旦、家帰っても良いですけど、通電のときに確認作業があるのでそのころに・・」と業者さんに頼まれ・・
何時ごろって聞いたら「午後8時半目標なので・・・・」といわれて・・・・

それなのに今、午後10時・・・(-_-;)
わかります、慎重に作業を進められてるんですから、ええ、理解できますとも。

でも・・・気温は10度以下・・2時間ほど外に立っています・・・建物に入って暖を取ろうにも全館停電中・・・

あっ、そうだ!自販機で温かい飲み物を!と・・・自販機も電気で動いているんでしたね・・・ (-_-;)ううっ

午後10時30分、無事作業終了、全館電気開通!うれしかったです・・・

2009年10月25日日曜日

ジャンプ!

「だめだ、だめだ、どうせぼくがさがしたってたからものはみつからないんだ!」
「あきらめないでさがしなさいよお!」
「ほっといてくれよ、ぼくはこんなおちばなんてだーいきらいだっ!」
「あきらめちゃだめだよー、さがせばみつかるんだからー」
「なにいってるのさ、ほんとは、さいしょからたからものなんて・・・・・あれ?なにかぼくのてにさわった?」
「や、やったー、たからものだー!ぼくもたからものみつけた!おちばのぷーるだーいすきさ!」
とか言ってそうな多分きょうだいなお二人も参加。
10/24、『落ち葉のプール』大盛況でした。
今回は、例年にも増しておちびさんたちが多い。(網走市内の小中学校、インフルが猛威を振るってるせいかな・・)

周りのご両親たちもデジカメにビデオ撮影、大忙し。
お母さんたちは、どれだけこども達が汚れちゃうかも心配そう・・・

恒例の『どんぐり工作教室」も開催。
ここで、大活躍は、おじいちゃんとお父さん。

「僕は、これが作ってみたいんだ・・・」
渋い選択ですね、でもちょっと難易度高めなので無理だと思うよ、おじさんは。

しかし、こども達の興味は、どんぐりにあらず・・(残念ですが)
終わったら、もう一回落ち葉のプールに入っていいよって言ったら・・・
それっ、ジャーンプ!

僕も、ジャーンプ!

女の子だって、ジャーンプ!

ま、ふかふかだしね。午前中、彼らが遊びまくったあと、落ち葉は砕け固まって・・・・後日、バックヤードに搬出、腐葉土にします。
また、来年遊びに来てね!

2009年10月24日土曜日

取材。懐かしいお顔が・・

ビデオ収録中です。
場所は当館の理事長室。
市内の刑務所に関係している様々な人たちへのインタビューの収録が進んでいます。

そんなある日、インタビューを受けている白髪の人物。
あれっ?あの人は・・・・
やっぱり、Tさんだ!
元網走刑務所の農場技官。定年退職後、十年近く当館にも勤務。
資料館の管理をしながらいろいろご指導いただいていたのです。
今回の取材を受けるに当たって、詳細なメモ、莫大な資料を持ち込まれたらしいです。
お元気そうで何より。

出来上がりが楽しみになってきましたね。

2009年10月23日金曜日

アンキョ③

ゴワワワーッ!! 暗渠、いよいよ埋め戻し作業へ。

なるほど、はこういう風に使ったんですね。 ホタテ貝殻の上に刈り取った葦が並べられました。

ちなみに、以下2枚の写真が10月初旬、大曲湖畔園地での葦採取風景。(スイマセン、(-_-;)はこの日、都合で不参加、写真は網走市観光課提供、ありがとうございました)
外ごと隊KさんとSさんの二人に行ってきてもらいました。
湿地の中なので大変な作業だったらしい。
ここは、もと網走刑務所の湖畔農場と呼ばれていた場所。
きっと、水はけの改善作業にこうして葦を採取して使っていたんだろうなあ。 ということで、再び、当館の農場に戻り・・
これで暗渠排水工事はほぼ終了、暗渠用の管以外は地元の素材利用で済みました。

暗渠管の出口からは、チョロチョロと水が流れ始めています。
このあと、Kさんが畑を全面起こし直して今回の作業は終了です。(この作業にあの青い奴が登場予定・・)


来年の収穫が楽しみですね。

2009年10月22日木曜日

森が一番美しい時期・・

ニポポの森」が一番美しい時期、多分、それは、今だったりするんじゃないだろうか。
10/24,10/25のニポポの森イベントの関係で、森に入ることが多い昨今、そう感じることが多いです。
週末まで強い風が吹かなければいいんですけれど。
詳しくは、『ニポポの森ブログ』からどうぞ。

紅葉に紅い花・・

くどいですかねぇ。この色目・・・・階段花壇のベゴニアです。
今年、何度目かの霜注意報にもめげず花が長持ち。バック(ナナカマド)は紅葉になりました。

2009年10月21日水曜日

準備OK!落ち葉のプール

博物館網走監獄秋の風物、『落ち葉のプール』10/24の開催を控え、いよいよ広場に組み立て完了。
・・・と、これは10/19の作業終了時。

そして、10/20。いよいよプール内に落ち葉を投入。
5m×5m深さ1mのプールの四分の三ぐらいまで落ち葉が入りました。
こぼれた落ち葉を丁寧に拾って投入しているのはW棟梁。
「あとは、きれいな葉っぱを森で拾って来て上に敷き詰めれば完成だよ!」だそうです。

ということで、写真は去年の『落ち葉のプール』の様子。思いっきり楽しんじゃってますね。

ちびっこたち、待ってるよ! (募集は10/20で締め切っています。どうしても・・・という方はお問合せください)

2009年10月20日火曜日

アンキョ②

体験農園の畑、排水性を高めるための『暗渠排水』を設置する作業が続いています。 (前回までの作業は「アンキョ?」で)
今回は自分たちで作業を進めていますが、それが可能になったのは外ごと隊のKさんが農地開発関連のお仕事をしていた人だったから。 経験者じゃないと無理ですよね。

Kさんに計画を作ってもらい必要な資材をリスト化してもらいました。 入手は(-_-;)担当。
『給水管(有孔) 4m×13本』 これが暗渠管ですね、穴の開いたパイプってことでしょ、これぐらいは理解できます。
しかし。

『ホタテ貝殻 4.62㎥、葦(ヨシ) 7束』 ええっ、貝殻に葦? 一体なんに使うのか?しかも単位は小数点第二位。 (葦、既に上の写真で使ってますが・・)
とにかく言われた材料を手に入れなくては仕事が進まない。
地元の水産加工会社に協力していただき、ホタテ貝殻を入手。(貝殻は本来、産業廃棄物としての処理になるものです。今回は特別に分けてもらいました。)

葦、ここはかなり広い敷地の博物館ですが生えてそうで生えてないです。思いついたのは網走湖畔。
確かヨシが生えている。しかも相当な量。
しかし、このあたりは国定公園内です。採取に問題はないのか。
調べたところ、ヨシは採取に制限のある植物じゃないことが判明。

そこで、ヨシが群生している網走刑務所の湖畔農場跡地、現在は網走市が『大曲湖畔園地』として整備計画が進めている場所での採取を計画。
網走市からも、快く許可をいただき必要量を入手できました。

Kさん、一体貝殻とヨシ、なんに使うんですか?
「貝殻は疎水材に使います。暗渠管の周囲に排水性のいい材料を入れておくと、排水性が良くなって雨の時に効果があります。ヨシはその上に敷き詰めます。吸出防止材といって植物の根が暗渠管の中に入ってこないようにする効果があるんですよ。」

なるほど。 (-_-;)
ということで、作業開始。
バケット車で貝殻を管を並べた溝に投入。

そして手作業で深さを均していきます。
かなり大変。明日までかかるかな。

2009年10月19日月曜日

みち探しというか・・・

うううっ、GPS付き携帯、最新型なのに・・・・現在地LOST・・・・
いったい、ここは?
そんな私の最新情報は『ニポポの森ブログ』で!

2009年10月18日日曜日

リニューアル完了!?

リニューアルって、まだ資料館終わってないっていうか、中は手も付いてないし・・・・
とりあえず外装は三分の二ぐらい塗装が進んでますかねぇ。
「違う違う!小隊長!こっちの作業が終わったの!」と外ごと隊W棟梁。

おお、遂に食堂のリニューアルが完了しましたかぁ・・6月着手だから4ヶ月か・・長い戦いでした。
こちらは外装だけなんですが、それでも四面バッチリ終了!
完全に新築モドキ。お見事!

最後の作業になった西面。紅葉に隠れてよく見えませんが、景観にも系の壁面、バッチリなじんでます。
お疲れ様でした。  イヤジツハモウヒトツヌッテホシイタテモノガ・・(-_-;)・・ライネンノシゴトニシヨウカナ・・

2009年10月17日土曜日

アンキョ?

暗渠』とかいて、「あんきょ」と読みます。
ここに勤め始めたころは、土木業者のみなさんが何を言ってるのか理解できなかった用語の一つ。

今年水はけが悪くてジャガイモの収量が激減した体験農園の畑。
排水性を高めるための改良を自分たちで始めました。
土中に排水用の管を埋め込んで水を抜いてしまおうと言うこの作業を『暗渠管を設置する』というわけです。

先ずは、業者さんからバックホーを借りてきて管を埋め込むための溝を掘っています。
いきなり水が湧いてきて、以下にこの辺りの排水が悪いか歴然。
この作業も進行状況をブログでお伝えしましょう。

2009年10月16日金曜日

これは・・・

見学のお客様が・・・
「まぁ、まだミニトマトがこんなになってるわ。やっぱり北海道ねぇ・・」
お客様、大きな声では申しにくいのですが・・・
これは、ハマナスの実でございます。

こちら→がミニトマト
確かにまだ生ってるんです。
農機具庫前のミニ農園。
夏の日照が足りなかったせいか、皮も固くて実入りも悪い。収穫し忘れた実がかなり残っております。

2009年10月15日木曜日

2009花便り・・ 菊も満開

とうとう花壇の菊も満開。
このあと開花する花はないなぁ・・・・ 多分、『2009花便り』は最終回?(-_-;)

2009年10月14日水曜日

忘れてはいけないこと・・

少し前の話になりますが・・・

8月末、資料館リニューアルの展示取材を目的に網走刑務所敷地内にある「網走監獄墓地」を訪れました。
来年で創設以来120年になる網走刑務所。収監中になくなった収容者や殉職した職員たちを祀っている場所。通常は立ち入りが許可されていない場所です。刑務所側の特別な配慮で今回の取材がかないました。

刑務所本体からもかなり離れた場所ですので静かです。
周りの樹木が大きく育ち、鬱蒼とした空間。
幽玄・・と言う言葉が似合う場所ですね。
(-_-;)が、ここを訪れるのも十数年ぶり。
若いころ(この博物館に勤めてまだ間もないころ、もう20年以上前か・・(-_-;)シミジミ)この墓地の存在を知り、何とか歴史史跡として保存する手段がないか若いなりにもがいてみた時期もあり・・・感慨深い場所でもあります。

で、写真の二つの大きな塔が、刑務所開設以来の物故受刑者の合葬碑。かつては引き取り手の無かった囚人たちの亡骸がこの手前側に土葬されていたのですが、後に火葬され塔の後ろ側に埋葬されているそうです。
この塔も、敷地内産出の軟石を彫刻し組み上げたもの。大正期の収容者による作業で立てられたものです。
自然と手を合わせたくなる・・・・

そして、私が今回の訪問でもう一度あいたいなと思っていたのが・・・

開設当初の時期に亡くなった(殉職した)職員たちの墓標。
大正時代以降に亡くなった殉職職員の墓標はそれなりの大きさがあるのですが、なぜかこの墓標はとても小さい。
多分、建立はずいぶん後の時期になってからのようです・・・(この墓地ができたのが大正時代ですので・・)
表には亡くなった職員の名前が刻まれています。
別な面には出身地。宮城県、山形県、岩手県など東北出身の士族が多い。
更に別な面には・・・
『北海道集治監網走分監看守奉職中明治廿四年(24年)十月九日死亡 行年廿二才(22才)』
そうです。あきらかにあの道路工事の期間に亡くなった職員。他にも同じ時期になくなったものの墓標がいくつかありました。
釧路から移動途中と思われる明治23年7月に亡くなった職員のものもあります。
そして、私が?と思ったのが亡くなった年齢。21才、23才、21才、24才・・・20代前半の若者たちばかりだったこと・・・

当時、北海道に次々と集治監を設置するため、宮城集治監で職員募集をしたそうです。
年齢から考えると自分たちの親の世代で戊辰戦争(明治維新)があり、旧幕府軍側となった東北列藩。賊軍出身者と扱われ、良い公職につく事がかなわなかった若者たちです。
監獄の看守、「牢役人」は江戸時代、不浄役人と蔑まされた職種です。それでも「役人」、しかも「腰に刀(サーベル)」ですから士族出身者の職として苦渋の選択、未開の荒野・北海道を目指したのでしょうね。

確かに犠牲になったのは囚人たちの方が多いのですが・・・
道路工事の現場で犠牲者が続出した最大の要因は、食糧補給路が伸びすぎたことにより現地の栄養状態が悪化、ビタミンB1が欠乏した糧食を与え続けたことによる脚気の蔓延。これは、囚人、看守ともに変わらない状況でした。
脚気は、育ち盛りの若者のほうが発症が多いとされています。若年職員が多く斃れたのもこれが原因でしょう。

故郷を遠く離れた北海道の山中で満足な医療も与えられず痛み苦しんでなくなっていった多くの若者たち。黒い看守の制服をきたもの、柿色の囚人服鉄鎖で繋がれていたものと違いはあれその無念さに変わりは無いでしょう。看守たちは監獄墓地に名前を記した石の墓標があります。亡くなった囚人たちも工事現場付近に埋葬された時には木製の墓標があったと言われています。残念なことにそれは長い時間の中で朽ち果ててしまいましたが、亡くなった囚人たちの名前は全て記録には残っています。(個人に関わることなので展示をするわけにはいかないのですが・・)

年表風に言えば『明治24年、北海道集治監網走分監による作業で網走旭川間の中央道路が開通、工事は多くの犠牲者を出した。』と一行で納まってしまう。しかし亡くなっていった200名を越す人たち、全て名前があり、家族もいた、いろいろな思い出がある「人格」を持つ人間たちです。関わった人間たちの生きていた『人生』全てを紡いでいったものが「歴史」なんですよね。

『監獄墓地』の小さな墓標に刻まれた少ない情報は、「俺たちのことを忘れるな!」とわたしたちに言っているような気がします。今回の資料館リニューアルの目玉『開拓の森劇場』は、中央道路工事に強く焦点をあてたものになります。亡くなった多くの魂が抱えていたドラマが伝わるような・・・彼らの無念を晴らすためにも、わかっている範囲で史実を公正に見るものに伝える力を持つ・・そんな展示になってくれることを関係者として願っています。

追記:今回、紹介した『網走監獄墓地』は、網走刑務所の敷地内にあり一般の立入が禁止されている場所です。数年前、心無いテレビ関係者が無断でここに深夜侵入、撮影し、おもしろおかしく『心霊スポット』として紹介をしました。以降、『北海道の心霊スポット』として雑誌などに紹介をされ、ふざけ半分に墓地内に侵入する人が多いと聞きます。
とても悲しいことです。亡くなった人たちは、みな名前を持った人格を持った人たちです。絶対にやめていただきたいと思います。